カテゴリー
未分類

令和6年5月

早いもので、令和6年も5が月が過ぎ去ろうとしてます。最大の目標は、pythonをマスターすることにあり、毎日少しずつ勉強をしてます。5月初めに、pythonの基礎試験があることが分かり、基礎試験の問題集を。木更津市の本屋で、買ってきました。この辺では、木更津市しか、本屋は残っておりません。市原市にもありますが、木更津市のブックセンターが一番大きいです。ここのには、この、問題集がありました。5月5日ですが、それから、勉強し始めて、13章のうち、今日までに、8章を終えました。この本の宣伝では、2週間で、マスターできるとありましたが、私の実力では、2カ月かかると見積もりました。内容は、基礎的なことが、きっちりと、説明してあり、参考になります。試にに、問題と解いてみましたら、27点でした。勉強が、足りないのが。よくわかりました。死ぬまでに、理解できれば、良しとします。

1.狭心症

5月21日に、帝京大学で、定期診断を受けました。特に、問題はないようですが、薬を一部変えるそうです。心臓の強化をする、薬だそうです。最近、水泳で、20mをバタ足で、思いっきり泳いでも、苦しさはありません。次回は、8月21日です。

2.変形性関節症

31日、腰のMRIを取ることになりました。膝の痛みが、腰から来ている可能性があるようです。17日に右ひざにヒアルロン酸の注射をしましたが、あまり変化は、ありません。

3.畑の状況

今年のトピックスは、枇杷です。

畑には、古い枇杷の木が、2本あります。どう手入れをすればよいのかわからず、毎年虫が食わなかった、枇杷を食べていました。今年思いっ切って、紙袋を自分流にかけてみました。5月初めにかけたので、どうなるかと思ってましたが、結構綺麗な房州枇杷が取れました。甘さもあり、ひとまずは成功です。来年は、もっと大がかりにやります。
枇杷の木、畑は、ナス、トマト、キュウリです。棚の作方を換えました。キュウリとトマトは、一本づつ枯れました。
オクラです。種から植えました。

そのほかは、里いも、サツマイモ、ショウガ、大型とうがらしをうえました。

カテゴリー
未分類

令和6年4月、袖ヶ浦公園

今年も4月になり、桜が咲き始めました。3月26日頃には咲くとみてましたが、寒さがぶり返したりして、結局、4月になりました。ここは、暖かくなったり、寒くなったりで、気候が不順でした。私自身の体調は、膝が問題です。市で主催している老人向けの100歳体操に参加しました。週一回、木曜に、1時間くらいやります。老人向けの体操です。足を鍛えたいと思ってます。結構きついです。

1.袖ヶ浦公園の桜

袖ヶ浦公園のソメイヨシノです。4月3日ですが、ほぼ満開です。
公園の上池ですが、まだ、渡り鳥が帰らずに、池にとどまってます。
池の周りに桜があります。
この池は、農業用水です。堤防には、八重桜が、ソメイヨシノとほぼ同時に咲き始めました。例年ですと、4月下旬ですが、今年は、早いようです。近くで見るには、八重桜は綺麗です。
駐車場のさくらは、毎年綺麗です。

2.畑

4月19日に、畝を作りました。まだ、何を植えるか決めてません。
4月23日に、サトイモ30株、黄金ショウガ10株、オクラ20株の種を植え付けました。
連休後に、キュウリ、ナス、トマトの苗を植え付ける予定です。まだ、種で植えた、ゴーヤと大型唐辛子は、芽が出始めたところで、植え付けまでは、行きません。5月5日過ぎになるかもしれません。又は、苗を新しく、購入して、植え付けるかです。大トウガラシが、楽しみです。後日、報告します。

3.pythonプログラム

今年の1月に、千葉に出た時に、pythonのプログラム入門の本を買ってきました。初歩のプログラム開発がありましたので、この2カ月で、初めから、勉強してみました。今週何とか、読み切りましたし、全てもプログラムを動かしてみました。ほぼ、完成しました。4月23日に、千葉の飲み会に出ましたので、日経ソフトウェアという雑誌を購入してきましたので、実用面を勉強したいと思ってます。現在、この勉強が、何に役立つのか、見当がつきません。ボケ防止になっているのかも、わかりませんが、時間つぶしになってます。畑が、忙しくなるので、多少、手を抜くか?
何か、新しい、ネタを見つけたいと思ってます。

4.先週、4月23日の飲み会

3カ月ごとに、昔の仲間とやってますが、後輩が一人亡くなりました。もうひとりは、先輩ですが、目が悪くなってました。アルツハイマー、パーキンソン病、膝関節症など、色々です。こんな中で、狭心症を患いながら、毎日、酒を飲んで、泳いで、100歳体操、麻雀、畑仕事を楽しんでいるのは、幸せなことかも!

お金がないので、旅行とか、贅沢はできないのは、運命と思ってます。余分なお金は、不幸の元!!

貧乏なりに、元気で過ごせれば、良しとします。

カテゴリー
日記、経験 未分類

心筋症術後4回目の診断

早いもので、1月初めにカテーテルの治療をうけて、6か月が過ぎました。この間、ほぼ、順調に過ごしております。前回報告しました様に、水泳を始めました。昔から、一緒に泳いでいる、パン屋の社長が、心配してくれて、一緒に泳ぎましょうということで、楽しく泳いでおります。今のところ、週1回に、1時間半くらいです。バタ足が主ですが、多少、息継ぎを、多くしてます。100mずつ、4種目プラス、バタフライだど、100mくらい。無理はしません。心臓も、変化はありませんので、今後は、もう少し回数を増やしたいと思ってます。

1.次回診断

次回診断は、3か月後の9月26日にしました。症状は、変化はないようです。ただし、毎回言われてますが、脱水の症状があるので、水分を多めにとれと言われます。コーヒとか、お茶葉少なめに、酒は、利尿が多くなるので、止めた方が良いとのことでした。7月25日予定している、飲み会は、参加をどうするか?考えております。千葉の出るので、本屋によりたいと考えております。

薬は、血液サラサラの薬を、2種類飲んでいましたが、1っ種類になりました。様子見?

2.Pythonを独習してます。

ボケ防止に、プログラムを3月から始めました。google colabotoryで初めまして、基礎コースは、終わり、pythonをインストルしましたら、visual studio code で学習をするように案内されて、6月半ばから、visual studioを学習してます。本を買う資金もないので、すべて、WEBページから、資料を集めてます。本の良いところは、学習のスケジュールが示されておりますが、独習は、自分で、探さねばなりません。余分な、こと道を、歩き、行き詰まり、正しい道に戻るのに、余分な時間が掛かあり、効率が良くありませんが、時間はいくらでもあるので、趣味と思えば、余分な道の、将来の自分にのためになると思ってますが、その将来とはないか?笑います。
クイックスタートで、WEBアプリのひな型を学んでますが、1週間くらい、スタートファイルの設定が出来なく、苦戦してます。この間に調べることが、将来?の勉強になるし、考えてみれば、楽しい時間です。
むかし、務めていた会社の同僚に、パソコンの先生がいるので、教えを乞うております。そう少ししたら、自宅に来ていただいて、直接指導を受けようと思ってます。

1か月に1投稿を考えておりますが、結構きついです。

カテゴリー
未分類

令和4年里芋堀

今年も,サトイモを、掘りました。

1.植え付け株

今年は、30株植えました。

2.今回の掘り出し株

5株を掘り出しました。

2.振り分けました。

5株で、バケツ一杯です。

3.水洗いしました

水洗い時じ、外側の毛を取り除きます。

4.乾燥して保存します

反省ですが、植えすぎました。後、20株あり、食いきれず、近所に配ります。

今年は、豊作です。植えた、場所が、サトイモに適してました。水分が多い所でした。

カテゴリー
未分類

上総の介暗殺される!

現在、鎌倉殿が放映されております。鎌倉時代は、平安時代です。平安時代に、東国、坂東は、平氏の時代です。第50代の桓武天皇の時代に、上総は、親王が国司を務める、親王任国であった。桓武天皇の系列の高望王、平の高望が、上総に新任されている。その子孫が、今回暗殺された、上総の介広常である。鎌倉殿、鎌倉幕府の協力者であったが、頼朝の陰謀に、引っ掛かり暗殺さてた。上総の介広常は、力がありすぎた。

ところで、上総の介広常が暗殺されつ250年前に、平将門が、新皇を名乗り、乱を起こしている。
ここで、桓武天皇の子孫の平の高望、将門、広常の関係をまとめてみた。

1.桓武天皇の系列

桓武天皇は、第50代の天皇です。その子供に、葛原親王がおり、その子供に、高棟王、高見王、兼高王がおりました。
高見王の子供が、高望王です。この高望王は、892年から896年まで、上総の介として、上総の国府、今の市原に赴任します。

2.高望王の4人の子供

4人の子供は、良文、良将、良兼、国香です。ここでは、良将の子供、将門について、述べたい。

2.1平の良将

良将は、当時問題であった、俘囚との交渉を担当して、上手く解決して、高く評価され、鎮守府将軍に抜擢されました。当時上総には、市原と、長柄に俘囚の里がありました。良将は、長柄の俘囚の娘と結婚しました。この相手が、桔梗の御前です。
陰陽師に占ってもらうと、「賢いが、成長した暁には、武勇優れた天下の反逆者になる」といわれ、母、桔梗は、良将から、離されることになりました。流されて、東金市の御門で、誕生しました。後の将門です。この企てには、叔父の国香の悪だくみがありました。将来の争いの種になります。その後、国香叔父の勧めで、都の修行に出かけます。京都では、叔父の良文より、兵法の等の指導を受けます。

2.2将門の怒り

都で、8年を過ごして、929年に相馬に帰ります。この時、将門の領地は、叔父国香、良兼に奪われておりました。もう一人の叔父、良文に相談しましたが、話し合うように諭されましたが、戦法は教えてくれました。

承平5年(935)、領地問題から、戦いになり、叔父、平の国香を殺害しました。承平7年(937)には、平の良兼、平の良正(良兼の弟)との戦いになり、同族間の間の戦いの激しさを増しました。

天慶2年(939)藤原の玄明が、税金の不払い問題で常陸の国司と対立し、将門に助けを求めます。将門は、玄明を守り、常陸国府を焼き払い、印綬を奪いました。印綬は朝廷が国司に与えた証明書です。これは朝廷から、常陸の国を奪い取ったとこになります。これにより、将門は、朝敵になります。

藤原の玄明は、税金を、人民い分け与えておりました。将門は、上総、下総、安房、下野、武蔵、相模の国から、同じように印綬を奪い、各国司を占領して、新皇と名乗りました。
朝廷は、将門、追討令をはします。

これに応じたのが、以前から将門に恨みを持っていた、平の国香の息子、貞盛と下野の国の豪族藤原の秀郷です。
将門は、940年、この戦に敗れで、亡くなりました。将門には、「坂東の独立」「という理想があったのです。

この流れは、良文流平氏に、引き継がれます。上総の介、広常などに、受け継がれます。

成田山新勝寺は、将門の乱鎮圧のために、朱雀天皇が、空海にたので、創建されたもので、将門の子孫、家来は決して思いりしないそうです。

国香の息子貞盛の子孫が178年後に現れる平の清盛です。

2.3両総平氏平の忠常の大乱

忠常は、祖父は、平の良文、良文流平氏の祖である。母は、将門の二女である。上総権介、下総権介を任命されおりました。

長元元年(1028)忠常が安房の国司を殺したことで反乱が広く知られるようになりましたが、忠常に、地元の支持があったことから、収奪を強める国司に対する、紛争で会った可能性がある。同年6月に、朝廷は、忠常追討の宣旨を出すとともに、追討使に平の貞盛の子孫平の直方を任命しました。

しかし、忠常は、戦う気はなかったのですが、直方は忠常から、関東地方の覇権を奪いたいと考えており、忠常と直方の私的側面があり、戦いは、激化してゆきました。

平の直方の、追討はうまくゆかず、朝廷は、新しく清和源氏の源の頼信に追討を命じました。長元4年(1031)に忠常は、戦わずして、頼信に降伏しました。
忠常の乱により、3年間で、耕作地は、ほとんどなくなった。

2.3両総平氏の復興

亡国と言われた房総地方の復興を担ったのは、平の忠常の子孫でした。彼らは「開発領主」として開発した土地を、「根本私領」として、その地を名字として名乗る在地領主となってゆくのです。こうして、在地領主の私領として中世の郡や、郷が成立したのです。
上総の国。下総の国に勢力を広げたのが忠常の子孫は、両総平氏と呼ばれます。忠常の孫の平の常兼は下総の国に勢力を伸ばし、その弟の平の常晴は上総を地盤としました。
常兼は、千葉常重です。その子が、千葉常胤です。常晴の孫が上総の広常です。

今回、頼朝に暗殺された、上総の介広常は、この人です。今から、840年前の話です。

カテゴリー
未分類

令和4年の袖ヶ浦の春

コロナの蔓延防止法水泳はできず、散歩を過ごしてましたが、気が付けば、3月も終わりに近づいております。袖ヶ浦公園の桜祭りも、3月26日、今日になってました。例年は4月に入ってからでしたが、公園の桜は、終わってました。葉桜見物になってましたが、今年は、適当なときと思います。花を見た順に記述してみたいと思います。

1.梅の花

2月の中頃から、公園の梅林に梅の花が咲きます。

梅の花は、確かに、春が来たなーという感じはします。袖ヶ浦では、早いところは、1月の初めに梅は、咲きます。

これは、私の畑の近くで、2月頃にはいてます。南向きなので、しかも北側は山に囲まれているので、特別に早いようです。

2.河津桜

気が付くと、袖ヶ浦にも、個人が、河津桜を植えております。私の畑の隣にありました。これも、2月には咲きます。

この近くでは、五井の養老川の堤防に植えてあるのが、大きいです。もともと、伊豆半島にあった桜ですので、房総半島とは、気候が近いのだと思います。

3.あんずの花

あんずの花です。是に実がなり、毎年、ジャムを作ってます。この種から、杏仁の元を作ります。
あんずの花は、桜の花より、綺麗がもしれません。

昔、ブラジルのクリチバに居た時、友人の意にに招かれたとき、あんず畑を見ましたが、大変綺麗でした。

4.こぶし、木蓮

木蓮の蕾の時代。3月初めです。
こちらは、こぶしです。木蓮より早く咲きます。袖ヶ浦を走っている平成道路は、こぶしが植えられております。3月初めには、咲き始めます。
この時期、木蓮は、こんな感じですが、木蓮も場所、種類で、結構花が開いているのもあります。

5.千葉と言えば、菜の花

袖ケ浦公園の上池の周りには、3月20日ごろで、こんなに、菜の花が咲いてます。周りの桜は、蕾です。

6.桜

袖ケ浦公園で、一番早く咲くところで、なんと北側の駐車場です。裏側が山になっており、
南向きです。
駐車場を山側から見る。梅も咲いてます。
袖ヶ浦公園の桜で、私が一番好きなアングルです。
花見広場です。ここで、弁当を食べる人が多いですが、今年は、禁止のようです。
上池からの桜、一周1.6kmです。桜並木が続きます。
桜の間から。
菖蒲池から。
上池の堤防から。ここの桜は、八重桜で、もう1か月くらいで咲くかも?
公園の隣の民家の桜です。姿が素晴らしいです。毎年、ここで、花見をしてますが、うらやましいです。

3月の終わり、桜のシーズンも終わりです。次は、菖蒲の季節です。

反省ですが、glogも付きになってます。もう少し増やしたいと思ってます。

カテゴリー
未分類

鉄砲漬けを試みる

コロナの時代、暇を見つけては、何かを試みることは、大切なことと考えます。トマトジュース、色々な、ジャムは試みましたが、今回は、千葉の名産成田の鉄砲漬けを調整意してみました。

まずは、原料は、はぐらウリを使います。これが、弟の畑に山ほどあり、カラスの餌になってました。何とか、利用方法がないか、調べましたら、千葉の名産、成田の鉄砲漬けの原料とわかりました。死んだ兄貴の畑にもあり、採って、食べろと言われましたら、食い方がわからず、ほとんど利用しませんでした。亡くなった兄貴には、すまないと思ってました。

コロナの時代です。時間は、たっぷりあります。WEBで調べましたら、鉄砲漬けの作り方のレシピがありました。自分流に、試みました。1年目の試作と思ってください。

1.はぐらウリとは

白瓜野中まで、こんな形をしてます。前後を切り離しました。スパーでは、最盛期は、8月頃ですが、1本、安いものでは、50円くらい。高級品ではありません。ぬかみそ、塩漬け等で食べても、そんなに、惜しいものではありません。この写真は、ウリの前後を切り離し、種を、スプーンで、くりぬきました。なんでもできます。実の部分は捨てます。

2.鉄砲をつくる

はぐらウリの両端を切り離し、芯の部分を適当なスプーンで種を取り除きます。この形が、鉄砲の芯に似ていることが、鉄砲漬けの意味らしいです。

この中に、唐辛子を紫蘇の葉をまいた、芯を入れ込みます。これが、鉄砲の芯。

3.漬け込み

本職は、これを、樽に並べて、塩漬けにするそうです。我が家は、樽がないので、安物の、漬物器を使いました。その際に3%の塩水漬けにするそうですが、ウリの表面に塩を塗り付けておくだけでもよい。私は、初めの3日間は塩水漬けにしました。

3日ぐらいで、水分がでてきます。これを捨てて、新しく塩を2%くらい加えて、漬け直します。

安物漬物器に並べる。これでは、小さすぎると思います。大きな樽に、多量に漬けるべきと思います。成田は、テレビで見ましたが2mくらいある樽につけてました。これに、塩をるつ感じです。
こんなもんじゃ、ウリは、つぶれない。時間が掛かります。私は、沢庵付けの樽も使いましたが、この方が、安心です。

3.ウリはつぶれる

1週間後に、ウリは平たくなりました。食べてみましたら、多少、青臭かったです。発酵が足りないせいと思います。
11か月後、試食しましたら、青臭さは、無くなってました。結構、酒のつまみになりました。

途中で、塩迪を加えたのが、良いかもしれません。夏の漬物なので、日陰が欲しいです。来年は、もう少し多量に漬けてみようと思います。

カテゴリー
未分類

トマトジュースを作る

数年前に、テレビでトマトの産地の特集をやってました。現地では、当然ながら、トマトは、多量にとれます。
その時に、トマトジュースの説くり方をやりました。一番おいしいトマトジュースの作り方です。その番組を見てから、自分なりのトマトジュースの作り方を、開発してます。飲んだ人の評価は、良いです。当然、タダで、提供しているので、悪く言う必要はないとおもいますので、それなりに、聞いてます。私は、作ったジュースを焼酎わりで、飲んでます。上さんは、まーまーといってます。それでは、私流のトマトジュースの作り方を紹介します。

1.トマトの入手

トマトは、夏場の最盛期に、一番安いものを入手します。出来るだけ、畑で、完熟したのもが、おいしいです。これまで、色々試しましたが、ミニトマトでも、ジュースはできます。ただし、種が多いので、処理に手間がかかります。家庭菜園などでは、獲れすぎた、ミニトマトを、ジュースにしてみては?思いのほか、濃厚なジュースができます。

今回は、市内のスーパで安売りをしていた、尾瀬産のトマトを使いました。

購入時は、もっと青みがかってましたが、2日ぐらい置きましたら、こんなに赤くなりました。尾瀬産とありました。15個で、900円でした。8月末ぐらいになると、畑で大きくなりすぎて、市場には出せない、完熟した、トマトが出ます。それが、ねらい目です。

2.その他の材料

これは、私の好みですが、ニンジン、リンゴ。パセリを加えます。オリジナルの放送では、原材料は、トマトだけでしたが、上さんの要求を入れて、この材料を付け加えました。

セロリは、葉っぱも使います。ニンジンは、皮を剥きます。これは、どうでも様です。リンゴは心を除きます。処理方法は、別途。

3.トマト処理

トマトは、まず、皮を湯剥きします。そのために、ヘタを取り除きます。

この部分は、ジュースにしにくいため、ここで、除去します。

湯剥きしやすいように、トマトの表に、十字の切り身をつけます。お湯から引き出して、冷却した時に、ここから、皮を剥きます。

お湯につけないと、ここからでは、皮は向けません。料理の基礎です。
トマトを全部前処理します。

沸かしたお湯に、トマトを,30秒くらいつけて、冷水に付けると、皮が、向けます。

湯剥きした、皮です。

湯剥きした、トマトを縦横に切ります。

こんな感じ。もっと、キリキザンでもよいよ思いますが、適当で結構です。

煮込み用の鍋に入れます。

今回は、15個のトマトに対して、30センチの鍋を2つ使いました。水等は、加えてはイケません。水分は、トマトから出ます。

4.その他の材料

セロリ、ニンジン、リンゴを、ザンキリニして、各鍋に加えます。ニンジンは、皮を剥きました。その必要はないかもしれません。リンゴは、芯だけをを取ればよい。セロリははっぱを含めて、すべて。トマトと一緒に煮込みます。

トマト、セロリ、ニンジン、リンゴをゆっくり、かき混ぜながら、30分間煮込みます。

かき混ぜないと、なべ底から、トマトが焦げますので、面倒を見てください。

20分くらいで、あくが出るので、これを根気よく取り除きます。
30分くらいで、あくがなくなり、綺麗になります。トマトは、その時の品質によりますが、良ければ、煮込まれて、姿は、ほとんどありません。リンゴ、ニンジン、セロリが残ってます。このままで、鍋がひえるまで、自然冷却してください。これも、煮込み時間です。出来れば、4時間から、8時間くらい。

5.仕上げ工程

自然冷却後、鍋の汁と中身を分けます。

金網で、汁と固形物を分けます。これは、セロリ等の固形物です。これをミキサーで粉砕します。
ミキサーに入れて、粉砕します。
粉砕した、中身は、裏ごしをするために、金網のざるにいれて、大型のスプーンで濾す。
これくらいまで、濾す。残りは、廃却する。トマトの芯や、野菜の筋などが残りますので、この部分は、廃却です
裏ごしした部分と、分離した液を、鍋に入れて混ぜ合わせ、再度煮沸します。雑菌処理を兼ねます。
煮沸して、冷めたら、完成です。冷めてから、自分の好みで、塩、コショウを入れます。
綺麗な瓶、ペットボトル等で、冷蔵庫で保管する。作り立てがおいしいです。

カテゴリー
日記、経験 未分類

目白 来る

我が家には、冬と春先、夏にかけて、目白がきます。10年前には、家のヤマボウシの木に、巣を作り、子供を育てました。

このコロナ騒ぎで、ステーイホームの間、目白が目につきます。窓から、気づかれないようにして、カメラを向けました。用心深く、人に気づけば、飛び去ります。また、ムクドリが同じ餌をめがけて、目白の食事を邪魔します。
我が家を訪問する、目白を紹介します。

目白は、鳥綱スズメ目メジロ科メジロ属に分類されるようです。
鳥綱は、チョウコウと読むそうです。祖先は、2億年前から、1億5千年前だそうで、人類より先輩です。Zosterops japonicusが学名だそうですが、何となく、日本と関係がありそうです。インドネシアから、樺太当たりません、住んでいるようです。

食性は、雑食だそうですが、花の蜜や果樹をこの実、子供を育てるときは、虫も捕食するようです。花に合わせて移動して、桜の季節などは、よく見ます。

我が家では、ミカンを用意します。子供のころ、弟が目白が好きで、良く捕まえて、育ててました。その時は、サツマイモを練って与えていたのを覚えてます。当時は、野鳥保護法のようなものは、無い時代です。その経験があり、サツマイモの練ったものを準備しましたが。やはり、ミカンが好きらしいです。