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日記、経験

コロナ自粛時代に、方丈記を学ぶ

令和3年5月に、コロナは、収まりそうにありません。緊急事態宣言が、4回発令しましたが、国民は、我関せず。好き放題にやっている人は、後を絶ちません。

要は、自分の身は、自分で守る!
今回の、ウイルスが、発生した当時、東大の先生が、ウィルスは、人間が近寄らなければ、感染しませんと言ってました。ウイルスにかからない、最善の方法は、ウイルスに近づかないこと。
ウイルスから近づいてきたら、避けること!

残念ながら、日本は、国民が、皆、ウィルスが好きで、ウィルスに好感を持ってます。政府が、go to 何とかを積極的に進めてます。人が、動けば、ウイルスに接します。ウイルスは、大歓迎です。

人が動かなければ、経済は成り立たないと言ってます。これも真実です。

これからは、私の都合。80歳の老人は、はっきり言って、経済は、関係ありません。まずは、自分を守ること。

自分を守ることは、容易ではありません。色々誘惑があります。残り少ない、人生を、楽しく、愉快にやりたいのです。愉快にやれば、ウィルスが待ってます。ウィルス自粛!!
私は、世の中を悟っているわけではありませんが、自粛生活を楽しんでます!自粛スタイルは、非常に経済的です。まさに、年金者むけな、生活スタイルと思います。

こんなときに、鎌倉時代の方丈記を、思い出しました。今回は、コロナ自粛と、方丈記を考えてみます。

1.方丈記の時代

方丈記を書いた、鴨の長明は、1155年に生まれ、1216年に没してます。1185年に、壇ノ浦で平氏が、敗れて、源の時代になります。人生60年生きてますから、30歳ごろまでは、平安時代、残りの30年は、鎌倉時代です。

長明は、生涯に多くの災難がありました。大火、旋風、福原遷都、飢饉、地震などです。
賀茂御祖神社の神職の家に生まれましたが、父親を早くなくし、一族の妨害などがあり、恵まれた、暮らしは、出来ませんでした。仏教の教えもあり、無常思想に、染まります。

現在でも、色々努力をしますが、人は誰でも、自分が描くような人生は、遅れないものです。長明だけが、不幸なのではありません。

そんな中で、50代で出家して、方丈の庵を作ります。この時の、長明の心境、哲学が魅力的です。

2.方丈庵の哲学

方丈記の原文を記すことも、良しとしますが、ここでは、原文をかいつまんで、紹介したい。長明の人生哲学を理解していただきたいからです。方丈記の最後の部分に、彼の哲学があると考えます。

このように、述べてます。
着るものも、食べ物も、手に入るものだけでよい。食べ物も、かろうじて、命を保つだけでよい。他人と交際しないので、姿を恥じる悔いもない。食事も贅沢をしたこともないので、何でもおいしく食べられる。これは、金持ちに、言っているのではありません。昔の自分に比べて、言っているのです。
そもそも、世界は、心の持ち方次第です。心が、穏やかであれば、なにも、他に欲するものはありません。

ひっそりとした住居。一間だけの庵、私には、これで、満足です。世間に出て、自分自身が、みすぼらしいのは、恥ずかしいけれど、この庵に帰ってきては、他人が俗世間の煩わしさの中にいることを、気の毒に思う。
多分、このことは、理解できないかもしれない。

以上が、長明が、方丈、3メータ四方の庵を作り、満足した哲学です。

現代では、考えられない、住まいですが、多分、私の住まい程度と、推定します。
私の父が、生前に言ってました。家、建屋は、金を生まない。家にはお金をかけるな!!

コロナで、自粛して、町の中を散歩していて、立派な家を見つけます。どんな、人が住んでいるのか?なんで、こんなに、成功したのか?下衆の感繰りが、働きますが、税金が大変だろうなとか?維持費は、どうするのか、どうでもよいことが、頭に浮かびます。

3.コロナ自粛に、長明に学ぶべきこと

長明は、800年前に、コロナは、ありませんでしたが、隠遁して、静かに、満足して、一生を終えたのです。
田舎の庵で、必要なだけの、衣服と食べ物で、十分に満足していたのです。
これから比べれば、今の、コロナ自粛は、贅沢極まりありません。

方丈で、人生を楽しんだ長明と比べれば、確かに、今のほうが、不幸かもしれません。
長明の隠遁は、無常思想でしたが、今は、コロナへの恐怖です。長明は、都会に出て、人に会っても、恥ずかしい思いはしたかもしれませんが、病気を感染させられる、恐怖はなかったと思います。

無常思想で、隠遁するか?恐怖で自粛するかの違いです。
恐怖の隠遁を、哲学の隠遁に帰られれば、安寧があると思いますが、恐怖は、恐怖。

大切なことは、同じ隠遁。同じように、行きませんが、哲学の隠遁に、似せる。質素、倹約をまねる!!
恥じないで、生きる。あるもので、満足する。足るを知る!!

4.ゆく川の流れ

方丈記の名文に曰く

ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく、とどまりたるためしなし。
世の中にある人と住みかと、またかくのごとし。
たましきの都のうちに、軒を並べ、甍を争える、高き、卑しき人の住まいは、世世を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。
或いは、去年焼けて今年作れり。或は、大家滅びて小家となる。
住む人も、これに同じ。所も変わらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わずかに一人二人ナリ。朝に死し、夕に生きるるならい、ただ水の泡にぞ似たりける。
知らず、生まれ死ぬる人、いずかたより来て、いずかたへか去る。また知らず、仮の宿李、誰がためにか心を悩まし、何によりてか、目を喜ばしむ。
その主とすみかと、無常を争うさま、いはば朝顔の露に異ならず。或るは、露落ちて花残れり。残ると言えども、朝日に枯れぬ。或るは、花しぼみて露なほ消えず。消えずといえども、夕べを待つことなし。

名分です。この無常観からは、住まいを考えるに、贅沢な家は、考えられないでしょう。
簡素、質素な、家、庵でしょう。最小限の住まい。雨風が防げれば良しとする。

長明は、これで、満足できたので、隠遁できたのだと思います。
翻って、現在のコロナ、自粛も、之に比べると贅沢。

無常な世でも、安らぎは、見つけられるんだね!!

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「コロナ自粛時代に、方丈記を学ぶ」への5件の返信

紋次郎さん。コロナのウィルスの蔓延は困ったものですね。地球上の生命活動は大変なものですね。ウィルスは生命かどうかわかりませんが。
うつらないことです。動き回らないことです。鴨長明の心境になることでしょう。
人類が誕生し、地球上を移動しながら文化、文明を築いてきました。いろいろな動植物が反映し、絶滅していった中で今や75億人の人口まで膨れ上がり、生活が苦しくなってき、いろいろな問題も出てきました。世界中でいがみ合い、分捕りあいが起きています。こんな時に哲学が必要ですね。
老人の暇に任せて人類がどのようにたどってきたのか見てみよう思っています。(2021・5・23) コイズミ

小泉さま
閲覧ありがとうございます。高校時代に、木更津のお寺の先生が何人かおりまして、古文とか、漢文を習いました。更科日記、つれつれ草、方丈記他、漢詩も学習しました。寺の先生が以上に多かったです。クラスの担任は、東京教育大学での新人でした。理工志望のクラスでしたが、国語の先生に人気がありました。どの先生から、方丈記を教わったか忘れましたが、何となく、情緒がありました。もっと、数学とかに、熱を入れておけばと思います。ちなみに、数学の先生は、東京工大の先生でした、新人の先生は、後日、千葉大に移られました。3年生の時の担任が、工大の新人先生。当時、皆地元の先生、先輩でした。当時の校長が、千葉高の校長になりました。なんとなく、幸せな時代でした。そんなわけで、方丈記に関する、投稿をしました。更科日記は、もっと、熱い気があります。
機会がありましたら、何か、投稿してみたいと思てます。

大学までは勉強して、知識を身に着けないといけないと思い、浪人しましたが、大学に入り成績優秀で卒業して・・・・と思っていました。入学後の歓迎会で先輩方の多様な活動(前歯を折った空手の選手、博士課程の先輩・・・)を見て、勉強だけが大学ではないと当時一番厳しかったテニス部に1か月遅れで入部しました。2年生から3年生になるときに理不尽な先輩のために同期が退部し、どうしても4年間やり通すと決めた私だけになってしまいました。何とか説得して半分の10人に残ってもらい、おかげで卒業研究の初めに研究室に出られなく、教授にテニスコートまで呼びに来られてしまいました。
本当に良い先生でいろいろなことを学びました。これからは、卒業後は世の中のわからないことを改善するのが仕事と言われ、減少をよく観察し、どうしたら解明、改善できるか仮説(処方)を立て、それを実験して新たな問題点を見つけることと言われました。その通りの人生を送ってきたつもりです。そんな訳で、長明の哲学を読ませていただいておりますし、歴史を再度勉強している次第です。楽しみにしています。

ゆく川の流れは本当に名文ですね。800年くらい前ですが、人間の基本は何年経っても変わらないだと思い知らされます。

本田さま

閲覧ありがとうございます。ワクチンを5月30日に一回目を打ちました。2回目は、6月20日です。この、1週間、市内のコロナ感染者が増えております。隣の市原市が増加すると、隣町の袖ヶ浦が増えるようです。人の移動が、コロナが移動します。年内は、コロナは、収まらないね!こんな中で、オリンピックをやらねばならないのは、日本の宿命か?
朝日新聞、民社党系が、オリンピックを反対するので、私は、やもう得なく、賛成です。もはや、やるしかない。

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